2017-10

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かぐや姫の物語(映画)

今日は休みでは無かったのですが、昼から出勤でしたので、
気分転換に映画を観に行く事に。
1日は、老若男女誰でも1000円ですしね。
でも、忘れてました。今日、日曜日だったのですね。
朝9時から、凄い混み様。
スクリーンも、朝一番の回だったのですが、結構入ってました。

かぐや姫の物語

……何だか、最近、アニメばかり観てる気がする。
20日の感謝デー1000円で、「コナン&ルパン」とか観たいなーとか
思っちゃってるし(苦笑)。

番宣を見る限りでの期待は、地球人から見るのではない、月の世界から見た
「逆説的立場」的な描写や、理論的な描き方等があるといいな、と。

所見後の私的感想は、
理論的な描き方は、非常に綺麗で上手かったと思う。
過去の物語を綺麗に纏め上げ、現代の内容から考えての『違和感』を
上手く『料理した』と思う。

でも、「逆説的立場」的観方は無かったと思う。
現代に差し替えた時に思う
『感じ方』をそのままぶつけた感じの仕上がりだと思う。

感想としては『私は、否定もしませんが、肯定もしない』と云った所、かな?
私的には、今、この世界に存在するのなら、この世界の『今』を、
限られた世界の中で精一杯生きる事かな、と思う。

『願わくば、幸せな記憶を-』

以下、ネタバレを含みますので、
映画を観られるお方は回れ右が宜しいかと思います。

----------以下、ネタバレあり。----------



↓  ↓  ↓



↓  ↓  ↓



↓  ↓  ↓





なるほど。高畑勲の「もうひとつの竹取物語」。

物語の整合性や内容は良く練れてると思う。
その辺の『何故』の解き方は上手いと思う。
(何故、育ちが早いのか、何故、『目に見える』成長なのか。
(学習=成長なのでしょう。知識とか見聞とか、好奇心が人を豊かにする。
ピノッキオの鼻が伸びるのと、ある意味同じ描写なのかもしれません。)

勿論、音楽側からの観かたもあります。
『物語』ですから、『音響効果(立体感等)』は必要無いですし、
その辺の効果は無かったですし、期待もしていませんでした。

同じ歌の陰と陽。童歌の短調と長調の調べの使い方、
何故、月からの”迎え”が、あまりにも違和感な調子の明るい曲なのか、
その辺の描写も上手いと思う。


ただ、映画前の番宣で『永遠の0』等観てしまったおかげで、
「その当時や、その立場の人は、そう思って居たのかな?」と云う
『違和感』が、少し残ってしまった。
例えば、今現在の皆の基準は『生きる』と云う事だし、『命』と云う物が
地球より重いと言いますが、貧困なら?日本と云う国で無かったら?
そもそも、『今』で無かったら?
食い扶持を減らす為に、子供を身売りしていた時代もあったのです。
答えを知ってしまうと、「過去は間違いだった」と言えるかもしれませんが、
『今』を一生懸命生きている人に、それが言えるのでしょうか?

まぁ、一つ言えば、宮中を知って居るからこそ、過去の自然が生き生きする訳で、
幸せな時間と云う物は、全て過去になって思い返される物、と云う描写なのかな。

婚姻についても、政略結婚や村ぐるみの夜這い、夜掛けの許される年代なら
今の世の中の方が『違和感』に感じる訳で。月からの使者や落とし子は、
いわば『未来人』だから、率直な、言い換えれば、今風な『素直』な感覚
だから違和感を解いた、と考えれば、綺麗に観る事が出来ますけどね。
……ちなみに、此処は、古典『竹取物語』通りの展開ではあるのですけどね。
ある意味考えれば、『竹取物語』と云う物は、かなり時代を先取りした
(或いはコミック的な)物だったのかな、と。
だから、今の世でも語り継がれて居るのかな。

そもそも、今の自由恋愛でも、全てが見えるか、と、云うと謎な訳で。
その辺は、『見える恐怖』と『見えない恐怖』の違いと云う事なのかな。
(例示するなら、『見える死』は怖いけど『蓄積される毒』には、案外
無知な物でしょ?星新一の『処刑』と云うお話を読んでみたら良いと思う。
銀色の爆弾が見えて居るのか居ないのかだけの違いで、実質、今迄の生活と
何ら変わり無い事が解ると……『生きる』と云う事と『死ぬ』と云う事を、
あれほど的確端的短的に表した物は、私は今迄見た事無いです。)
要は「考え方」なのかな、と。幸せだと思えば幸せなのだし、生きてると
実感出来れば、何処でも生きてる事になるのだと。


描写はあるのですよ。
元々、嘘偽りで固められた物(者)は論外としても、自分を外に連れ出してくれる、
或いは新しい世界を見せてくれる人に心動きかけた訳でしょ?
(前妻(重婚)と云う落ちがついてましたが…あの当時なら重婚も有り得たのでしょうが)
作者、高畑勲の怖い所は、昔、ほのかに慕って居た近所のお兄ちゃんが、戻った時には、
既に『小さな幸せ』を手に入れて居た、と云う描写。それを観客には伝えておいて、
姫には見せなかった点。姫は、昔の想い出を持ったまま、旅立った事になるのかな、と。
(と、云うより、近所の兄者なんて古典にも出て無い筈ですし、この描写は、ある意味
狡いと思う。)

あぁ、たぶん、高畑勲的「逆説的立場」-月の世界での『罪』は、たぶん、
『(生き生きと)生きたい』と云う事(思った事)、なのかな。
なので、『生』を感じなくなった瞬間に、お迎えが来て、記憶(想い出)を消されて
『永遠の生だけの屍』となるのでしょう。『神』として『永遠』を『生きる』事は、
ある意味退屈な事なのかもしれません。そう云うことなのかな。
……これは、古典『竹取物語』に無い所なのですよね。
(『罪』の描写的な物はありますが、内容は描写が無いのですよね)


結局の所、『今』を『自信を持って生きる』と云う事なのかな-と。
引き篭もりは駄目ですよ、えぇ。

追記:
「穢き所に、いかでか久しくおはせん。」そういふと、閉ざされた扉は一枚残らず開き……
『穢き世の美しき檻』。私は永夜抄のノリも嫌いじゃないけどね。

「本当」を知ることが恐くてトビラを閉じたり、子供のように ただ憧れを求めるだけじゃ、
何も見つからなくて、大切な物見失うだけ……なんて歌もありましたけどね。

その辺の弾幕STGやアニメの歌詞の方が本質を突いてるかもしれない。
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テーマ:スタジオジブリ - ジャンル:映画

コメント

追記。

あぁ、良く考えたら月の世界から見た「逆説的立場」的な描写、
『罪と罰』の考察に、しっかりあるのですね。

元々、童歌の記憶は、月に居る時の物ですから、地球人の事を
誰かから聞いた、と云う事になります。それは作中でも少し触れて居ました。
それが、たぶん、高畑勲の思う、月での罪状なのでしょう。
聖人君主たるものが、人などに惑う事があってはならない、と、
云った所でしょうか。

人の世の中では当たり前の事でも、月の世界では『穢れ』なのでしょう。

で、『祓い』は?
勿論、『此処に居たくない』或いは『居場所が無い』と思う事、でしょう。
月から考えれば、私利私欲に塗れた地上人等、穢れた存在な訳で。

罪を赦されて月への帰還が、物悲しく映るのか、祝い事なのかが、
月の世界から見た「逆説的立場」的な描写、なのでしょう。

なるほど、なるほど。

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